天真爛漫(らんまん)に「生涯ギャグ道」を貫いた漫画家、赤塚不二夫さんの葬儀が7日午前10時半から東京都中野区の宝仙寺で営まれた。赤塚さんのアシスタントだった古谷三敏さん、北見けんいちさんら親しい人々やファンら約1200人に送られた。
赤塚さんがデビューしたころ住んでいた「漫画家の梁山泊」、トキワ荘仲間の藤子不二雄(A)さんが葬儀委員長を務めた。赤塚さんの後押しで芸能界にデビューしたことで知られるタレントのタモリさんが弔辞に立ち、デビューのころを振り返りながら「いろんなお笑いネタを作りながら、教えを受けました。あなたに言われたことは、いまだに私の中に金言としてあります」と述べた。さらに「私が人生で初めて読む弔辞があなたのものとは……。今まで一言もお礼を言ったことがないが、今お礼を言います。私もあなたの数多い作品の一つです」と最後は涙で声を詰まらせた。
ひつぎには愛猫・菊千代とのツーショット写真、ネタ帳にしていた原稿用紙、鉛筆、昨年刊行された「天才バカボン」のベスト版が納められた。
法名は「不二院釋漫雄(ふにいんしゃくまんゆう)」と発表された。
私がネット上で最初に名乗ったハンドルネームが「バカボン」でした。「天才バカボン」のあの自由な雰囲気にあこがれがあって、ちょっと借用してみた次第です。
バカ田大学卒業ののーてんきなパパと、パパとミスマッチな美人ママ、いつもクルクル柄の着物を着たバカボン、兄と対照的に天才頭脳のハジメちゃん。一家の周りにレレレのおじさんや本官さん(警察官)、ウナギイヌ…。毎回ナンセンスなギャグを飛ばしても「これでいいのだ」でチャンチャンと終わり。世の中こういうお遊び心も必要なんやと思ったものです。
そんな遊び心の生産者、赤塚不二夫さんがこの世を去りました。
ご冥福をお祈りします。
同時に、「バカボン」の名前をお返しします(→最近この名を使てへんのもありまして…)。ていうか、許可なく勝手に名乗ってて今さらですがごめんなさい(^_^;)。
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